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2015年2月

2015年2月 1日 (日)

遊佐未森 ソングトラベル新春エレクトリック編

遊佐未森LIVE ソングトラベル~新春エレクトリック~

2015年1月24日(土) @ Motion Blue Yokohama (横浜赤レンガ倉庫2号館3F)

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25年くらい前からこの人の歌を聴き続けていながら、Liveに行くのは実は初めてだった。

昨年秋の「紅葉アコースティック編」と対をなす「新春エレクトリック編」。

ギター、ベース、ドラムの3名のメンバーのどシンプルなバンドサウンド。
たぶん彼女のLiveではあまりない編成なのでしょう。

「モーション・ブルー横浜」って「ブルー・ノート東京」の姉妹店なんですね。

よくいくオールスタンディングのライブハウスとは違って、整理番号順に希望のテーブルに案内してもらい、開演までドリンクや食事をオーダーして待つ。

僕はカウンター席で、ビールに、せっかくなのでシーフードドリア、それからウイスキー。

Liveそのものは1時間ちょっとであっという間に終わってしまった。。

演奏も歌唱も、会場もよかったのでちょっと物足りない感は残ったが。

この人の独特の浮遊感のある歌声はほんと変わらないな~。

次は4月の草月ホールですね。

                       ・

ちなみに僕が選ぶ遊佐未森さんの、この1曲はオリジナルアルバムに収録されていない
1991年発売の 「ONE」 です。

、、U2の「ONE」とは同名異曲です。

この人の声は楽器として聴いてて、あまり歌詞に気をとられないのだが、「ONE」は最初聴いた当時から今に至るまで共感しまくりだ。

                      ・

さて、これからPCを修理に出すのでしばらくBlogはお休みです。

、、、、ま、通常どおりとも言うが。。

みんなのアムステルダム国立美術館へ

映画 「みんなのアムステルダム国立美術館へ」  2014年 オランダ

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フェルメールとレンブラントとヴァン・ゴッホの国、オランダは憧れの国であります。 行ったことないけど。 サッカーもいいけど、いちばん好きだったのは、「ダーヴィッツ」という黒人選手が活躍していた1998年フランスW杯の頃だが。。

さて、この映画はそのオランダの「アムステルダム国立美術館」の大改修のドキュメンタリー映画。 

2004年にいったん閉館して2008年再オープンする予定が、2013年までのほぼ10年(!)かかった工事の舞台裏。

こういう海外の美術館が改修工事などで閉館中には、その収蔵作品を国外の企画展などのために貸し出すことがよくあり、そのおかげで何年か前には渋谷Bunkamuraでフェルメールの「青衣の女」を観ることができたわけだ。

館長、キュレーター、建築家、政治家、なによりアムステルダム市民を巻き込んだ、大騒動。

なにしろ自転車王国オランダ、「サイクリスト協会」のゴネまくり方は尋常じゃない。

「美術館の真ん中のエントランスな公共の通路なのだから、いままでどおり自転車で通り抜けられる設計にしろ」と。 「美術館の中を自転車で通り抜けるのは文化だ」と。

、、これ、日本に置き換えるとどんなか? たとえば上野の国立博物館のど真ん中が公共の通路になっててそのまま、自転車で通り抜けて通勤通学、お買い物に行けるとか、そんな感じか。 考えられんな。

この映画で僕が好感をもったのは「アジア館」の学芸員。

日本の寺から購入した作者不詳の「金剛力士像」を目を潤ませてうっとりと見つめてらっしゃる。 「観音菩薩像」とかの日本美術をこんなにも理解し、愛してくれると、日本人としてはちょっと誇らしい気持ちになるなあ。

ちょっと前までは、日本美術が海外に所蔵されるのはあまり好感をもっていなかったとこもありましたが、最近はちょっと考えを改めている。

青の美術史

昔、持っていたけど、友人にプレゼントしたり、あるいは古書店に売ったりして手放した本が
どーしてもまた読みたくなって、同じ本を探して購入する、ということが最近5冊分くらいあった。

この本もそんな1冊であります。

 「青の美術史」 小林康雄 1999年10月発行

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、、そうだ、思い出した。 これは初版が刊行されたときに書店で見つけて買って、読みやすい文章で3回くらい通して読んで、それから2年くらいして苗字の頭に「青」がつく友人の祝いにあげたような気がする、たぶん。

銅版画の青いインクの扱いを考えていたときに、不意にこの本に書かれている「青の系譜」を読み返したくなり、ネットで検索して取り寄せた。

新装版でなく、セザンヌの絵が表紙の初版で読みたかったのだが、ヤフオクで発見。
旭川の出品者から送ってもらいました。

「青」というひとつの色彩を手掛かりにした美術史、、というより人類文化史といったほうがいいかもしれない。

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古代の壁画には「青」という色がなかったこと。 稀少な青の顔料の鉱石「ラピス・ラズリ」。
フラ・アンジェリコの「受胎告知」のマリアの「青いマント」、「フェルメールの青」、時代は進んでピカソの「青の時代」、「イブ・クライン・ブルー」、、、

そして第11章では人類初の宇宙飛行士ガガーリンの「地球は青かった」という言葉に辿りつく。 

「われわれの地球は青い星として輝いている。 われわれは青のなかに生きていたのです。」

この本がもし、最近書かれたものだったら、たぶん「青色発光ダイオード」にも触れていたかもしれないね。

 手をめぐる四百字

もう15年来の知り合いのカメラマンの高村さんから先日封書が届いた。

「写真在中 二ツ折り厳禁」と書かれたB5サイズくらいの封筒。

なんだろ? と思って開封したら、、 「手」の写真だった。 僕の。

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数年前の銅版画の個展に来てくれた際に、「君の手を撮らせてほしい」と。

というかそのためにその日はカメラを持ってきたらしい。

ガラスに押し付けて撮ったので、不恰好な手がますます不細工だ。

僕の手は人一倍ちいさい。 
手首から中指の先までが約165mm、ちょっと手の大きいやつと比べると一関節分くらい小さかったりする。
さらに、ごらんのとおり不恰好なので、手のカタチが美しい人に会うと男女に関わらず、ついつい口に出てしまいます。

 「キレイな手ですねえ」と。

ところで、その高村さんはそれ以来、つまり僕の手を撮って以来、ポートレイトを撮った時にその人の「手」も撮らせてもらっているのだそうだ。 
お礼のメールの返信でそう言っていた。

                       ・

                       ・

せっかくなので「手」についての本を紹介。

  「 ”手”をめぐる四百字   文字は人なり、手は人生なり 」

    季刊「銀花」編集部編  2007年刊

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季刊の「銀花」という雑誌に連載の記事から、50人の「手」についてのエッセイを収録したもの。 あらためて寄稿者を見ると、この本の刊行から現在までに亡くなられた方も。

この本の特徴は本文が(今どき)原稿用紙1枚に「手書き」ということ。

、、、だもんで中にはすげー読みにくいページもある、、、誰とは言わないが。

それぞれの仕事と人生と哲学をほんのすこし垣間見たような気になる本です。

 ナンシー関のいた17年

昨年12月にNHK-BSプレミアムで放送されて、HDに録画したものの観ていなかった
「ナンシー関のいた17年」を最近やっと観た。

消しゴム版画家、TVウォッチャー、コラムニストの「ナンシー関」が2002年に亡くなるまでプロとして活動していた17年を同居していた妹の視点で、実際の関係者の証言を交えながら綴ったドキュメンタリー形式のドラマ。

彼女のファンでコラムを愛読していた人でも、知れれざるナンシー。

面白かったが、これナンシー本人が観たらなんて言うんだろって思いながら観ていたら、最後にそんな台詞があった。

 

劇中のナンシー関の声で、
「ナンシー関のいた17年』を観た。でもさあ、結局お涙ちょうだい、ってどうなの?
NHKの限界を見た。」

、、、よくやったNHK!

最後のシーンで12月に渋谷のパルコミュージアムで開催されていた「顔面遊園地 ナンシー関 消しゴムの鬼」の映像が流れた。 これは観に行ったが、当然会場内は撮影禁止なので映像であの会場の様子がもう一度観られたのはうれしかった。 

ダスト

映画 DUST  2001年/ イギリス、ドイツ、イタリア、マケドニア

監督・脚本 ミルチョ・マンチェフスキー

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         「だれか、私という物語を覚えていてほしい。」

ミルチョ・マンチェフスキー監督の長編第一作目の「ビフォア・ザ・レイン」は知る人ぞ知る傑作だが、この「ダスト」は2作目。

レンタルでは取扱いがないのでDVDをAmazonで購入したものの永らくパッケージも開かずに放置していて、先月ようやく通して観た。

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ニューヨークのアパートで拳銃を強盗に突き付けながら、100年前にアメリカ西部からヨーロッパに渡った兄弟にガンマンの物語を聞かせる老婆。 
物語の舞台はやがてバルカン半島、監督の出身地であるマケドニアに。

2000年のニューヨークで老婆は発作をおこして病院へ運ばれ、瀕死の状態で物語の続きを語る、、

、、、1995年頃、前作「ビフォア・ザ・レイン」を観たころは、僕はいまよりずっと世界を知らなかったので、映画の舞台になった「マケドニア」という国が、名前は知っていたけど歴史上の国名、現存しない国だと思っていたようなところがあった。 ー世間知らずと思われそうなんで話したことなかったが。 その映画でバルカン半島、旧ユーゴスラビアに何百年に亘る民族紛争と、それからマケドニアの荒涼とした、けれども美しい風景を知った。

「ダスト」の動乱のバルカン半島では、さらに壮絶な銃撃戦が展開されます
人がモノのようにどんどん死ぬ。 銃弾が飛び交うど真ん中で、胸を撃たれた妊婦は、最期の力を振り絞り、出産する。
人と人が殺し合うって、どういうことなのか、いつまで繰り返されるのか、と考えてしまうとこもあるんだけど、でも映画としてエンターティメントとしてめちゃくちゃ面白いです。

数奇な運命と「憎しみ」や「殺戮」だけの物語かと思いきや、ところどころに笑えるところもあったりするのが可笑しい。 強盗の青年と老婆のコントのようなとこが。

これは、傑作です。 
ミルチョ・マンチェフスキーという監督の名はあまり知られていなく、レンタル店にも作品は置いてなく、この作品以降新作映画が製作されていないのが実にもったいない。


 アルゲリッチ 私こそ、音楽!

映画 「 アルゲリッチ 私こそ、音楽!」  BLOODY DAUGHTER

監督 : ステファニー・アルゲリッチ  2012年

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たぶん世界中のCD店で、クラシックのコーナーがあって、そこそこの品揃えがあるショップならマルタ・アルゲリッチ名義のCDが置いてないところな無いと思う。

なにしろ「今世紀最高のピアニスト」、マルタ・アルゲリッチ。

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この映画「アルゲリッチ 私こそ、音楽!」はマルタ・アルゲリッチとその娘達を巡るドキュメンタリーだ。 

が、最初に言ってしまうけど、この邦題はどうかと思うのだ。「~私こそ音楽!」って。

日本語のタイトルをつけるにあたって「アルゲリッチ」の固有名詞は必要なのはわかるけど、、「私こそ音楽!」って。。

映画の原題は「BLOODY DAUGHTER」。
「ブラッディ―・ドウター」、、直訳すると「血まみれの娘」!? 
、、、ずいぶん物騒な題名だな!と思うが。。
イギリスでは「BLOODY」は「やっかいな」とか「とんでもない」という意味で日常的に使われる言葉だそうです。

「やっかいな娘」というのは、この映画の監督でアルゲリッチの三女のステファニー・アルゲリッチに父親がつけた愛称で、それはそのまま父親違いの長女と次女のことでもあり、さらにはマルタ・アルゲリッチ自身のことでもあるようだ。

3人の娘の中で、長女のリダ・チェンだけが音楽家になった(ヴィオラ奏者)。
「ピアノがやりたかった私に父は言った。 『やめたほうがいい。
 母親には絶対に勝てない』 」
長女が一度も母と暮らしたことがないいきさつも映画のなかで語られている。 

次女のアニー・デュトワはジャーナリスト。 父親は指揮者のシャルル・デュトワ。
この人は「ラファエル前派」とか「ベルギー象徴派」とかの絵画のモデルのようなちょっと中世的な美人。

三女のステファニー・アルゲリッチは写真家、映像作家。 ただひとり「アルゲリッチ」の姓を継いだ。

マルタと3人の娘の4人が芝生の上でペディキュアの色をどうする? とかどうでもいいようなことを話し合っているシーンがすごくいいです。

おそらく2、3ヶ月のうちにこの映画はDVD化されると思うけど、純然な音楽映画とはちょっと違うと思います。
演奏シーンもあるにはあるけど、そこを期待される方にはあまりオススメできないかな。 実際、僕の母は映画館で観て「つまらなかった」と言った。

「ピアノの女神」アルゲリッチが演奏直前にステージ袖で悪態をつくところとか、ましてや新幹線の車内で駅弁食ってるとこなんか観たくなかったとか、思っちゃう方にはオススメできないかも。 

僕はこの映画、邦題以外はすごく好きなのでDVDでまた観たいです。

 悪童日記

映画 「悪童日記」  2013年 ドイツ・ハンガリー合作  監督: ヤーノシュ・サース

  www.akudou-movie.com

ハンガリー出身の亡命作家アゴタ・クリストフの同名小説を映画化。

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この映画を観て、映像室からロビーに出ると、スタッフの男性が声をかけてきて、

「つかぬことを伺いますが、上映中に何か不手際などありましたか?」

 「いやいや、何も問題なかったけど、何で?」

訊けば、最初に映像室から出てきたお客さんに「アホ!」と捨て台詞を言われたらしい。

 
 

 「、、、う~ん、それがあなたに対して言った言葉だとは思わないけど。
  考えられるのは、ちょっと内容がショッキングなところもある映画だったから、想像していた
  ものとあまりに違ったら、人によっては嫌悪感を抱く人もいるかもしれないですね。
  そういうお客さんもいるほど、強烈な作品だということだと思いますよ。
   でも、僕はいい映画だと思ったし、映写中のミスは何もなかったです。
  気にすることはないですよ。」

、、、それよりも僕はそのスタッフさんの不健康にみえる顔色のほうが前から気になっていたんだけど。 「肝臓とか悪くしてないですか?」なんて訊けないが。

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それはそうと、この映画「悪童日記」、観る人によってはなかなかに衝撃かもしんない。

戦時中に祖母の家に疎開させられた双子の少年が主人公。
、、、この映画は主人公も含めて、登場人物のすべてに名前がない。

大人たちの不条理な現実を目の当たりにした彼らは、生き抜くために互いを強く鍛えることを始める。

気絶しそうになるまで、互いをベルトで打ったり、空腹に耐えるために4日間、絶食したりと
最初は滑稽にすらみえるのだが、母を忘れるために手紙を燃やすあたりから、しだいに「感情」を失っていく。 
戦時下の被害者であるだけでなく、加害者にもなってしまうという、けっこうキツイ内容だ。

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とにかく、善悪も倫理も超えて、双子は生き抜く。

母が死に、祖母が死に、父が目の前で地雷で吹っ飛んでも、文字通りにそれを乗り越えて「最大の試練」を自らに課して、生きる。

残酷な描写も多いので、賛否が分かれるところだろうけど、、僕はこの映画、好きです。

                         ・

ここまで書いてふと思ったのだけど「名前が無い」、「異常な状況下で少年が感情を失っていく」という主題は浦沢直樹の傑作コミック「MONSTER」とも通じるところがあるような気がする。ただ「MONSTER」は東独政府管理下の孤児院のプログラムで少年達が感情を失っていくのに対して、「悪童日記」の双子は自らの意志で、自分たちを鍛えるため、律するため、邪悪な人間に罰を与えるためにそうなっていくということか。

                         ・

この映画のパンフレットは新百合ヶ丘で品切れだったので、後日、横浜のミニシアター「ジャック&ベティ」の通販で取り寄せた。

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表紙の色は劇中に登場する「日記」の装丁を模したもの。

解説、インタビュー、キャスト、原作者プロフィール記事もきちっとまとめられた、いい内容だった。

、、映画のパンフなんて「買うんじゃなかった」と思うようなしょぼいものも結構多いからな、

 

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