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2017年4月

2017年4月 9日 (日)

 Smoke デジタルリマスター版

映画 「 Smoke デジタルリマスター版 」  1995年日米合作映画

監督:ウェイン・ワン  脚本:ポール・オースター

2017年2月25日 新百合ヶ丘 アルテリオ映像館にて

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                 www.smoke-movie.com


不朽の名作「スモーク」ですよ。 公開されたのは1995年。
かれこれ22年くらい前の作品なのです。 
僕はたぶん、翌年の96年に今は無きミニシアター「関内アカデミー」で観ました。

それからビデオテープやDVDで繰り返し観て、台詞は字幕を読まなくても、ほとんど覚えているほどだ。

そして、この度の「デジタル・リマスター版」! すばらしい!

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↑ 左が今回の「デジタル・リマスター版」のパンフレット。
右が1995年の最初の公開時のパンフレット。恵比寿ガーデンシネマの「1周年記念上映作品」だった。

1990年 ニューヨーク・ブルックリン。
14年間、同じ時間同じ場所で1日も休まず写真を撮り続けるタバコ屋の店主、オーギー・レン(ハーヴェイ・カイテル)。
最愛の妻を銀行強盗の巻き添えで亡くしてから書けなくなった作家、ポール・ベンジャミン(ウィリアム・ハート)。
自分と母を捨てた父親を探す家出少年、ラシード。

この3人を軸に物語が展開されていきます。

見どころはいくつもあるんだけど、オーギーがポールに14年間撮り続けた街角の写真を見せるシーンがとくに好きだ。

 朝の8時、7番街と3丁目の角、 毎朝同じ時間、同じ場所でオーギーは写真を撮る。

「 俺の街角だ  世界の小さな片隅にすぎんが毎日いろいろなことが起きる

俺の街角の記録だ  同じようで一枚一枚全部違う 

よく晴れた朝 曇った朝 夏の日差し 秋の日差し  ウィークデー 週末

厚いコートの季節 Tシャツと短パンの季節  同じ顔 違った顔

新しい顔が常連になり 古い顔が消えていく

地球は太陽を廻り 太陽光線は毎日違う角度で射す  」

、、、、この詩のようなオーギーの台詞、大好きだ。

そしてポールは写真の1枚に亡くした自分の妻を見つける、、、

「 これを見ろ 見ろよ エレンだ 」

「 そうだ 出勤の途中だ 他にも数枚ある 」

、、そこでポールは肩を震わせ泣き崩れる、、

何度観ても、泣きそうになる名場面だ。

それよりも、「14年間、同じ街角、同じ時間の定点観測」という設定にやたら惹かれた。
どんなに単純なことの繰り返しでも、積み重ねればアートになるんだなあ、とか。

映画のラスト。 オーギーがポールに語る「クリスマスストーリー」。
最初はハーヴェイ・カイテルの見事な語りだけでストーリーを完結させて、さらにトム・ウェイツのひしゃげた歌声の「Inocent when you dream」をバックに、オーギーが語ったストーリーがモノクローム映像で流れるエンディングはいつまでも忘れられない。
たぶん、いままでに観た映画のなかでも,もっとも心に残るエンディングだ。

2時間足らずの上映時間に幾人もの人生を織り交ぜ、無駄なシーンも台詞も一切なく、絶妙に構築された傑作、「Smoke」。

 

 エゴン・シーレ 死と乙女 

映画 「 エゴン・シーレ 死と乙女 」  2016年/オーストリア・ルクセンブルク作品

2017年3月25日 新百合ヶ丘 川崎アートセンター アルテリオ映像館にて

                     www.egonschiele-movie.com

画家エゴン・シーレは20数年来、もっとも好きな作家のひとりであるけれども、日本では1991年に渋谷Bunkamuraで「エゴン・シーレ展」以来まとまった数の作品を観る機会は未だない。この時の展覧会は美術館所蔵の作品でなく、すべてウィーンのレオポルドさんという世界的なシーレコレクターの所有する作品だったのだけれど、何点かの油彩の代表作と、あとは水彩や鉛筆、チョークのドローイングが多かったけど、120点(!)の圧巻の展示だった。
ご覧になった人いるかな?

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これは、昨年ヴィレッジ・ヴァンガードで見つけて買ったシーレのドローイング・水彩作品集。
ちょっと値が張ったけど、400点以上の作品が年代順にオールカラーで収録されていて、年ごとに日本語の解説もあって内容充実な一冊。 
、、でももうちょっと高くてもいいから、サイズが大きかったらもっとよかったかな。

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人差し指と中指、薬指と小指をくっつけて、そのあいだを大きく広げる。 なんでこんな不自然な手のポーズにしたのかいまだによくわかんないけど。

                            ・

1890年に生まれ(ゴッホの没年)、15歳のときに父親が梅毒で精神を病んだ末に死去。
16歳でウィーン美術アカデミーに入学。アドルフ・ヒトラーは翌年、同アカデミーを不合格。
3年で退学。仲間と新芸術家集団を結成。 グスタフ・クリムトに才能を認めらる。
1912年、少女誘拐の嫌疑で逮捕、24日間の拘留。
1918年、3月に「ウィーン分離派展」で大成功を収めるも、その年の10月にスペイン風邪で死去。 妊娠6か月の妻も同じ病で死去。 

ざっくり書くとこのように濃く、激しい28年の生涯。
事実だけで充分映画向きなんである。

ちなみに「スペイン風邪」は1918年~1919年に世界的に大流行した、人類史上初のインフルエンザらしいです。 アメリカが発生源なのに「スペイン風邪」なのは情報源がスペインだとか、この病の流行で、第一次大戦の終結が早まったとか。

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エゴン・シーレを描いた映画はこれまでに何本か作られたらしい、観る機会がなかったが。
実現しなかったが、デヴィッド・ボウイがシーレを演じる企画もあった。

で、映画「エゴン・シーレ 死と乙女」。2016年、シーレ映画の最新作。

1月に渋谷のBunkamura ル・シネマで公開されたけど3月から新百合で上映されるのがわかってたので、2か月待ってました。

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映画冒頭で1918年の瀕死のシーレ。妹のゲルティが見舞いにくるが、シーレの妻はすでに亡くなっている。 そこから1910年、8年遡って回想の形でシーレと妹のゲルティ、モデルで愛人のヴァリー、妻になったエディットの人生を1918年まで描いていく。

事前にシーレの生涯と作品を知っていたというのもあるかもしれないが、ほぼ事実どおりのストーリーがすごく面白かった。

なにしろ、身勝手なシーレに振り回されても、どこまでも献身的にモデルだけでなく、マネージャー的に画商への作品の売り込みまでして、つくしていながらシーレに裏切られるヴァリーが可哀そうすぎるわ。
タイトルにもなっている「死と乙女」のモデルはヴァリー。 
映画では彼女の訃報を受け取ったシーレは絵のタイトルを「男と乙女」から「死と乙女」に書き換える。

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このヴァリーを演じた女優。 
誰かに似てるなー、と思っていたんだけど、、わかった!
Superfly の越智志帆さんでした。

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映画を観て初めて知ったこと。 シーレの妹のゲルトルーデ(愛称ゲルティ)は1981年まで87年の生涯だった。 
美術家、作家、音楽家、多くの才能を輩出した、いわゆる「ウィーン世紀末」の関係者が、自分と同じ時間を生きていたというのは、不思議な感じだ。

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グスタフ・クリムトの登場シーンもあった。 クリムトというとなんとなくずっと「身体の大きい人」というイメージだったのだけれど、「エゴン・シーレ 死と乙女」に出てくるクリムトはそれまでの、例えば映画「黄金のアデーレ 名画の帰還」のクリムトとかより、ずっとしょぼい、、小さな男だった。 シーレの才能に嫉妬する師匠なのだろうか。。

2017年4月 2日 (日)

 レオナルド・ダ・ヴィンチ 美と知の迷宮

映画 「レオナルド・ダ・ヴィンチ 美と知の迷宮」

 2015年/ イタリア映画 / 82分

2017年3月12日(日) 川崎アートセンター アルテリオ映像館にて

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   www.davinci-in-labyrinth.com

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題名のとおり、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品についてのドキュメンタリー作品です。

おもに「円熟期」とされるミラノ時代の作品を中心に解説、解析していきながら、突如、俳優がルネサンス期の衣装を纏って出現して、レオナルドのパトロンや作品のモデル、弟子になりきって語り出す。

とくに「白貂を抱く貴婦人」のモデルとされるチェチリア・ガッレラーニという女性がまるで絵から抜け出たかのような衣装、髪型、顔もそっくりな女優が語りだしたときには僕的にはいちばんグッときた。

「白貂を抱く貴婦人」。この絵にはちょっと思い入れがあって、もう10年くらい前だけどこの作品がポーランドの美術館から横浜美術館に来たときに、この絵を繰り返し観るためだけに、横浜美術館の年間会員になって(たしか会員費¥6000)15回くらい観に行った記憶がある。

映画ではダヴィンチ本人は出てこなかった。もし、ダヴィンチが出てきたら「左利き」を演じるかどうか、ちょっと興味があったんだけど。

素行の悪さに「サライ (小悪魔)」と呼ばれた弟子が現れ、晩年の様子を喋り出したのは面白かった。

ナレーションや俳優達の語りはイタリア語で字幕ではなく、すべて日本語吹き替えだった。

劇映画だと俳優の実際の声で鑑賞したいという好みもあるだろうけど、このドキュメンタリーに関しては、レオナルドとその他同時代の作家の作品の精微な画像を字幕で邪魔されることがなかったので、吹き替えで良かったように思える。

 

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